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2011年11月29日

【シティライフインタビュー】12月号 上田正樹さん

R&B・ソウルシンガー、ソングライター

上田 正樹さん



いまこそ「音楽」が
先頭に立つときだ


♪閉ざされた心に明かりが灯るまで
… 天に向かって歌おう!
( 上田正樹作詞作曲「今ある気持ち」)
あの巨大地震の被災地で紡がれた
心の叫びがそのまま歌になり、人々に
困難から立ち上がる勇気を与えている。
12月24日には大阪でチャリティーライブ開催!
震災の影響で関西に避難されている方々をこの
イベントに招待されるそうだ。


♪天に向かって歌おう!
被災地を支える「音楽の力」


―『今ある気持ち』誕生秘話から
お聞かせください

 僕は以前から韓国の国民的歌手キム・ドヒャンさんと
一緒に仕事をしているんですが、彼との縁を取り持ってくれた人
が気仙沼市のNPO法人「森は海の恋人」(畠山重篤代表)にも
関わっていて、漁師の畠山さんと僕を引き合わせて何かやろう
という話が震災前から進んでいたんです。
”森は海の恋人“ の運動は、昭和40年頃から気仙沼湾が赤潮に汚染され、
名産のカキやホタテが食べられなくなった、そこから始まった環境運動。
原因が汚れた排水だけでなく、上流の森林の養分が海に流れ込まなくなったからだと分かる
と、畠山さんらはこの20年余、森への植林と川の流域の子どもたち1万人の
環境教育を実践。再びおいしいカキが採れるようになった矢先に震災に見舞われ、
畠山さんは母親と養殖場を津波に奪われた。
僕は震災から1ヵ月半経って、ようやく被災地で畠山さんに会えたんですが、初対面
なのに話は尽きなくて。そして分かったのは、この大災害の中、僕には歌うことしかできない
ということ。「養殖場を必ず再生させる」と奮起する畠山さんと「歌う」僕と”男の約束“ をして、
ホタテの貝殻を見つめて書き上げたのが『今ある気持ち』です。


気仙沼でNPO法人「森は海の恋人」の畠山さんと話す上田さん。


800人の児童生徒の大合唱で
完成したCD『今ある気持ち』


―♪愛する人と手をつなごう…
熱いメッセージが胸にしみます

 いま、震災と津波の悲劇から日本はどこへ向かうのか、
失った精神の支柱を、どう再構築してゆくのか。大変な作業が始まりますが、
僕は、その羅針盤になるべきは音楽だと思っています。
例えば、15年位前にアフリカの奴隷の収容所に行ったとき、アフリカの人はなん
て素晴らしいんだろうと感激しました。なぜなら力でやり返す社会で、彼らは
名前も家族も故郷も奪われ働かされたのに、その怒りを暴力ではなく、
世界中の人を魅了する音楽「ブルース」に変えたんですから。
もう、国も言葉も被災地とそうでない地域も音楽でボーダーレスにしよう…
そんな思いで書いた『今ある気持ち』。1番を僕が歌い、2番をキム・ドヒャン
がハングルで歌い、3番を英語で歌うCDを作り、ライブでも歌っていたら、
みんなの間にどんどん広がり”10000の瞳“Activityプロジェクトに発展。
これは被災地の石巻市立稲井小学校と僕の出身校の岐阜県高山市立松倉中学校の
児童生徒が『今ある気持ち』を合唱して収録、CD化し、その売り上げを全て
被災地へ贈ろうという活動。それにしても子どもの力はスゴイ。
CDは最高の出来栄えですよ。



音楽を羅針盤に活動して40余年
大阪でチャリティーコンサート開催


―上田さんご自身、音楽との出会いで
人生が変わったとか

 実は僕の父親は京大医学部卒で、17歳までの僕は、父親を乗り越える
には東大医学部に入るしかないと思い込み、進学校で猛勉強していたんです。
そんなある日、友人から名古屋のライブに誘われて一緒に行き、衝撃を受けた。
その日から進路はミュージシャンに変わり、髪を伸ばし、ギターに熱中…
風呂屋に行くと家族に言い残して家出。以来40数年のミュージシャン生活です。
いま62歳。チャリティー活動は、始めたら死ぬまで続けなければ意味がない。
小さな活動の点が線でつながり、絆が結ばれてゆくように一生歌
い続ける覚悟です。クリスマスイブの大阪梅田のチャリティーコンサートは食事付きの
気軽なライブ。また売り上げの一部で宮城県の小学校に電子ピアノを贈ります。
皆さんと間近で一緒に盛り上がれるのを楽しみにしています!


〈取材を終えて〉 
上田さんはタイの児童施設に楽器を贈り続けたり、
日本の小学校を回り「ウィ・アー・ザ・ワールド」
(アフリカ貧困の子ども支援)のボランティア活動をおこなったり…
情熱と信念のカッコいい団塊世代代表です。スマートで渋くて本当にステキ!


文/渡部せつ子 撮影/比嘉研一郎

【Profile】
うえだ・まさき 1949年京都市生まれ。
1974年“上田正樹とサウストゥサウス”を結成、当時のバンドブームの頂点に
立つ。その後ソロとなり、1983年『悲しい色やね』がシングル
チャート1位。ソウルフルなボーカルは海外でも高い評価を
得、レイ・チャールズやB.B.キングなど数々の大物ミュージシ
ャンと共演。1999年には、日本文化解禁前の韓国でアルバム
デビューを果たして大成功を収める。続いてインドネシア、マレーシアでもヒットチャート
1位を獲得、アジアで3000万枚のアルバムをセールした実績を持つ。
また長年、子どもをキーワードにしたチャリティー活動にも取り組んでいる。
東日本大震災では新曲『今ある気持ち』が話題に。



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Posted by 北摂・阪神の情報紙シティライフ at 00:00 │シティライフインタビュー